鄭昌和監督が邵氏兄弟公司で撮った『キングボクサー大逆転』(72)から羅烈の雄姿。
韓国アクション映画の父と言われた鄭昌和監督ですが、鄭監督が韓国から香港の邵氏に来た時、まず直面したのが韓国人監督に対する差別でした。
実は鄭監督はこの『キングボクサー〜』には当時の邵氏のトップ武打星だった姜大衛を主演に起用したく、そう邵氏側に要望しました。
ところが邵氏内の「韓国人監督の映画に姜大衛なんか出す事ない。羅烈でいいだろう!」との何とも不公平な対応により、鄭監督はインドネシアの華僑出身の羅烈を主役に映画を撮らざるを得なくなります。
しかし結果的にまだこれと言った代表作が無く観客に俳優としてのイメージが根付いていなかった羅烈主演で『キングボクサー〜』を撮った事は正解でした。
羅烈の男臭い無骨な主人公の佇まいと、鄭監督のテンポが良く切れ味鋭い演出、そして破天荒なまでの凄惨なアクション描写が見事に合致した『キングボクサー大逆転』は全米を始め各国で大ヒットを達成!
この成功で鄭昌和監督は韓国の映画監督から一躍アジア、いや世界が認めたアクション映画の巨匠の評価を獲得しました。
元々は鄭昌和監督を韓国映画界からスカウトしたのは邵氏のドン邵逸夫でした。つまり邵逸夫の鄭監督の腕前を見抜いた目に狂いはなかったわけです。
そしてこの『キングボクサー大逆転』の大ヒットを目の当たりにしたワーナーブラザーズは、今度は自分たちワーナーと香港の映画会社が合作の形で本格派のクンフー映画を撮る事に着手します。
それが当時は新興映画会社だった嘉禾影業と、その嘉禾が誇る天下第一武打星、李小龍だったのです。
One of best Shaw Bros film Five Fingers of Death.