さてさて、残すところ2回となりました「“和製ドラゴン”倉田保昭、激闘!十五番勝負」第14回ですが、今回は陳嘉上導演、李連杰主演「フィスト・オブ・レジェンド/精武英雄」(94)でいきましょう。
言うまでも無く、リーさんこと李小龍不朽の名作「ドラゴン怒りの鉄拳」(72)のリメイクである本作は、恩師である霍元甲を日本軍人藤田剛(周比利)に謀殺された精武館門徒の陳眞(李連傑)の壮絶なる復讐劇を描いています。
映画は日本に留学中の陳眞が日本人の恋人山田光子(中山忍)と共に、光子の叔父で黒龍会の重鎮である船越文夫(倉田保昭!)から恩師が急死した知らせを聞き、急遽上海に舞い戻るシーンから始まります。
本作で倉田さん演じる船越文夫は類まれなる武術の達人ながら、普段は飄々として実に味のあるキャラで、これは倉田さんも俳優として演じ甲斐があったでしょうね(^_^)。
上海に戻った陳眞は無敵だった霍元甲の死に不審を抱き、元甲が最後に闘った虹口道場の芥川龍一(樓學賢)と立ち会うべく道場に乗り込みますが、芥川の不甲斐無さにさらに恩師の死に疑惑を深めていきます。
この道場破りシーンは「精武門」系列映画には必ず登場する、言わば“お約束”のシーンですが、動作導演の袁和平はオリジナル版「~怒りの鉄拳」との差別化を図るべく、李連杰演じる陳眞に敢えて怪鳥音もヌンチャクも使わせず、ただ鉄拳と蹴りのみで群がる門徒たちを片っ端から打ち倒す乱戦アクションを通してその陳眞の“静かなる怒り”を表現しています。
この袁和平の見事なアクション・シークエンスは、続いて登場する陳眞vs霍延恩(銭小豪)の“精武館の当主の座と友情を懸けた闘い”、さらには陳眞vs船越文夫の“日中武道家同士の究極の腕比べ”、そして陳眞vs藤田剛の“恩師の仇と同胞の名誉を取り戻すための決死戦”という3大クンフー・ファイトでも素晴らしい完成度として仕上がっており、私自身はこの「精武英雄」こそが巨匠袁和平の最後のベストワークだと言い切りたいです。
中でも霍元甲の墓前で繰り広げられる陳眞vs船越文夫の一騎打ちは、闘いを逸る陳眞に「待て!もう歳だからなぁ」と気勢を制しながらの船越の先制攻撃で火蓋を切ります。2人は猛然と突きと蹴りを打ち合った果てに、陳眞の“ドラゴンステップ”に戸惑う船越が突風で視界を遮られるのを見た陳眞が、お互いに布で眼を覆い改めて闘いを続行するなど、まさに闘いのあらゆるバリエーションが次々と披露されていきます。
恐らく倉田さん自身にとっても、この「精武英雄」におけるvs李連杰戦ほど思い切り、また力一杯闘いを楽しんだクンフー・ファイトは久しく無かったと思いますし、同時に日本と中国という2つの国の動きに左右されず、ただ己の信じる価値観のみで行動する船越文夫という気骨あるキャラクターは「少林寺vs忍者」(78)の武野三蔵、「激突!キング・オブ・カンフー」(82)の山口江十郎を経て、倉田さんが長年に渡って演じ続けて来た“正しい日本人武道家像”の一つの到達点だったんでしょう。
陳眞と船越文夫の正々堂々とした腕比べは、闘いを終えた2人が以下のような会話を交わして幕を下ろします。
陳眞「何時か、また決着を着けましょう!」
船越「決闘はケダモノたちのやることさ。それに日本には私より強い者が大勢いる」
光子「船越先生は日本一の腕前じゃないんですか?」
陳眞「この人は人を殺めるための武術ではなく、修練における日本一だ!」
船越「(万感の表情で空を見上げながら)霍元甲先生、何時の日か貴方とお手合わせする日を夢見ていた私ですが、貴方がこのような立派なお弟子をお持ちだったとは!」
この2人の会話シーンは私が「精武英雄」で一番好きなシーンで、95年当時に初めて「精武英雄」を観た時は深く、そして爽やかな感動を覚えたのを今もハッキリと覚えています。
そしてこの「精武英雄」は李連杰にとって「ワンチャイ」シリーズと並ぶ代表作となったのと同時に、“和製ドラゴン”倉田保昭にとってもその長きに渡る香港クンフー映画のキャリアにおける文字通り渾身のファイト・シーンとなったのでした。そう、合言葉はドラゴォォン!!
「1994年の6月か7月でしたか、僕の大ファンの陳嘉上監督がブルース・リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」のリメイクを撮るので是非!とのオファーが来ました。
僕も主演の李連杰とは1度やってみたいと思っていたので、事前に走り込んだりして撮影に備えました。実際の李連杰との立ち回りで思ったのは、彼は組手や実戦よりも演武とか型の方で見栄えするタイプなんですね。だから画面に写ると、とても綺麗なんですよ。
あと李連杰との対決シーンの撮影初日に、ワイヤーで吊られるシーンで血が滲んで動けないほどアキレス腱を切ったんです。なので李連杰とは一緒にモニターを見ながら上半身だけで立ち回りをしましたね。僕が演じた船越文夫は前半は飄々としているのが後半ではガラッと変わる、というスパイスの効かせ方がドラマのポイントになったと思います。それによって僕が演じた船越文夫がブルース・リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」では描かれていなかった日本人の良い部分を担ったわけですから」(倉田保昭:談)
言うまでも無く、リーさんこと李小龍不朽の名作「ドラゴン怒りの鉄拳」(72)のリメイクである本作は、恩師である霍元甲を日本軍人藤田剛(周比利)に謀殺された精武館門徒の陳眞(李連傑)の壮絶なる復讐劇を描いています。
映画は日本に留学中の陳眞が日本人の恋人山田光子(中山忍)と共に、光子の叔父で黒龍会の重鎮である船越文夫(倉田保昭!)から恩師が急死した知らせを聞き、急遽上海に舞い戻るシーンから始まります。
本作で倉田さん演じる船越文夫は類まれなる武術の達人ながら、普段は飄々として実に味のあるキャラで、これは倉田さんも俳優として演じ甲斐があったでしょうね(^_^)。
上海に戻った陳眞は無敵だった霍元甲の死に不審を抱き、元甲が最後に闘った虹口道場の芥川龍一(樓學賢)と立ち会うべく道場に乗り込みますが、芥川の不甲斐無さにさらに恩師の死に疑惑を深めていきます。
この道場破りシーンは「精武門」系列映画には必ず登場する、言わば“お約束”のシーンですが、動作導演の袁和平はオリジナル版「~怒りの鉄拳」との差別化を図るべく、李連杰演じる陳眞に敢えて怪鳥音もヌンチャクも使わせず、ただ鉄拳と蹴りのみで群がる門徒たちを片っ端から打ち倒す乱戦アクションを通してその陳眞の“静かなる怒り”を表現しています。
この袁和平の見事なアクション・シークエンスは、続いて登場する陳眞vs霍延恩(銭小豪)の“精武館の当主の座と友情を懸けた闘い”、さらには陳眞vs船越文夫の“日中武道家同士の究極の腕比べ”、そして陳眞vs藤田剛の“恩師の仇と同胞の名誉を取り戻すための決死戦”という3大クンフー・ファイトでも素晴らしい完成度として仕上がっており、私自身はこの「精武英雄」こそが巨匠袁和平の最後のベストワークだと言い切りたいです。
中でも霍元甲の墓前で繰り広げられる陳眞vs船越文夫の一騎打ちは、闘いを逸る陳眞に「待て!もう歳だからなぁ」と気勢を制しながらの船越の先制攻撃で火蓋を切ります。2人は猛然と突きと蹴りを打ち合った果てに、陳眞の“ドラゴンステップ”に戸惑う船越が突風で視界を遮られるのを見た陳眞が、お互いに布で眼を覆い改めて闘いを続行するなど、まさに闘いのあらゆるバリエーションが次々と披露されていきます。
恐らく倉田さん自身にとっても、この「精武英雄」におけるvs李連杰戦ほど思い切り、また力一杯闘いを楽しんだクンフー・ファイトは久しく無かったと思いますし、同時に日本と中国という2つの国の動きに左右されず、ただ己の信じる価値観のみで行動する船越文夫という気骨あるキャラクターは「少林寺vs忍者」(78)の武野三蔵、「激突!キング・オブ・カンフー」(82)の山口江十郎を経て、倉田さんが長年に渡って演じ続けて来た“正しい日本人武道家像”の一つの到達点だったんでしょう。
陳眞と船越文夫の正々堂々とした腕比べは、闘いを終えた2人が以下のような会話を交わして幕を下ろします。
陳眞「何時か、また決着を着けましょう!」
船越「決闘はケダモノたちのやることさ。それに日本には私より強い者が大勢いる」
光子「船越先生は日本一の腕前じゃないんですか?」
陳眞「この人は人を殺めるための武術ではなく、修練における日本一だ!」
船越「(万感の表情で空を見上げながら)霍元甲先生、何時の日か貴方とお手合わせする日を夢見ていた私ですが、貴方がこのような立派なお弟子をお持ちだったとは!」
この2人の会話シーンは私が「精武英雄」で一番好きなシーンで、95年当時に初めて「精武英雄」を観た時は深く、そして爽やかな感動を覚えたのを今もハッキリと覚えています。
そしてこの「精武英雄」は李連杰にとって「ワンチャイ」シリーズと並ぶ代表作となったのと同時に、“和製ドラゴン”倉田保昭にとってもその長きに渡る香港クンフー映画のキャリアにおける文字通り渾身のファイト・シーンとなったのでした。そう、合言葉はドラゴォォン!!
「1994年の6月か7月でしたか、僕の大ファンの陳嘉上監督がブルース・リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」のリメイクを撮るので是非!とのオファーが来ました。
僕も主演の李連杰とは1度やってみたいと思っていたので、事前に走り込んだりして撮影に備えました。実際の李連杰との立ち回りで思ったのは、彼は組手や実戦よりも演武とか型の方で見栄えするタイプなんですね。だから画面に写ると、とても綺麗なんですよ。
あと李連杰との対決シーンの撮影初日に、ワイヤーで吊られるシーンで血が滲んで動けないほどアキレス腱を切ったんです。なので李連杰とは一緒にモニターを見ながら上半身だけで立ち回りをしましたね。僕が演じた船越文夫は前半は飄々としているのが後半ではガラッと変わる、というスパイスの効かせ方がドラマのポイントになったと思います。それによって僕が演じた船越文夫がブルース・リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」では描かれていなかった日本人の良い部分を担ったわけですから」(倉田保昭:談)